リスクと向き合う:3・11を経て 生きた、平時の備え(毎日新聞)

企業活動に大きな影響を与えた東日本大震災。新たな「災害ビジネス」に乗り出す企業がある一方、被害と混乱に直面し、日ごろの備えの効果と不備を実感する企業もある。

◇当日、方面別に「帰宅班」--戸田建設
◇「リアルタイム訓練」が奏功--日産
◇混乱「想定以上」も

準大手ゼネコン・戸田建設(東京都中央区)は約15年前、社内に「バイク隊」を設けた。大地震の際、やむを得ず帰宅したい社員の支援が役目だ。隊員がオートバイや自転車に乗って街や道路の状況を「偵察」し、安全を図る。現在は13の方面別に組織する。
 「3・11」ではつまずいた。オートバイ12台と自転車1台を本社ビル地下3階に保管していたが、エレべーターなどが止まり、社員数人でようやくオートバイ1台を担ぎ上げた。午後5時ごろ新宿方面に出動したものの、直線距離約7キロを往復して帰ったのは翌日午前3時。道路の混雑は想定以上だった。
 それでも帰宅希望者約100人は午後6時過ぎ、方面別に分かれて出発。それぞれ班長が選ばれ、はぐれないよう「戸田ビル」の旗を持ち、経路選択に責任を負った。
 防災担当の秋葉邦彦・総務部次長は、自衛隊が大挙参加した00年の東京都の防災訓練が記憶に残る。不測の事態を意識するようになり、社内の防災態勢を強めた。
 本社がある京橋地区の防災訓練を呼びかけ05年から実施。昨年9月は約2000人が参加し、同社の消火栓を使い放水訓練した。秋葉次長は町会副会長も務め、震災当日は近くのビルを一軒一軒回り声を掛けた。「いざという時は地区で助け合うしかない。それには日ごろから顔の見える付き合いが重要だ」

日産自動車は震災やタイ洪水の対応で、米紙に「立ち直りが早い」と評価された。「3・11」は地震発生から1時間足らずで、横浜市のグローバル本社8階の会議室に、志賀俊之最高執行責任者や役員、部課長ら災害対策本部のメンバー約100人が集まった。
 その3週間ほど前、首都直下地震を想定して約2時間の「リアルタイム訓練」を行っていた。次々起こる課題について、対策本部メンバーが情報を収集・分析し判断する。震災当日、対策本部事務局の渉外部は訓練同様、帰宅困難者の受け入れを求める横浜市と、被害状況を確認する経済産業省から電話を受けた。横浜工場で想定した設備の不具合や損傷は、福島県のいわき工場で実際に起きた。
 渉外部の担当者は「自然に対策本部メンバーが集まり情報を共有して決断した」と振り返る。初動が奏功し、いわき工場は5月中旬に復旧した。国内の生産能力も6月上旬にはほぼ正常化した。

野村証券は震災前、本社がある東京・大手町のビルが被災した場合の臨時オフィスを、20キロ以上離れた東京近郊に用意していた。所在はあくまで「企業秘密」。震災時の混乱を見て、実際にはたどり着けないと判断し、徒歩圏内に新オフィスを確保した。被災地の支店の体験を冊子にして社員に配り、緊急時は現場判断に任せる方針も徹底している。

◇「事業継続計画」に脚光 「策定予定」38%
 東日本大震災を契機に企業の事業継続計画(BCP)が改めて注目されている。災害などに見舞われた時に損害を最小限にし、中核の事業を継続または早期再開するため、あらかじめ具体的な方法や活動を決めるものだ。
 MS&ADインシュアランスグループのインターリスク総研は昨年8~9月、東北と千葉、茨城両県に本社があるところを除く全ての上場企業を対象に、BCPなどについて郵送で調査。432社から回答を得た。
 それによると、BCPを「策定している」としたのは30・3%で前年調査から微増だったが、「策定中・策定の計画がある」は38・1%で、10ポイント近く伸びた。取引先からBCPを持つよう要請された企業も4分の1近くあった。
 震災により、事業継続への取り組みが変化したかを尋ねる質問(複数回答可)では、42・6%が「取り組みが加速した」と回答。「経営層の理解が深まった」も41・9%あった。震災による危機感の高まりがうかがえたが、中小企業の取り組みは遅れていた。
 BCPを策定していた企業のうち、震災で計画が「うまくいった」と答えたのは68・2%。「うまくいかなかった」は16・0%だった。事業継続に関する訓練については、32・0%が定期的に実施していたが、全くしていないところが61・1%と高い割合を占めた。
 インターリスク総研の篠原雅道・主任研究員は「事業継続には、計画に基づく日ごろからの訓練が必要。トップのリーダーシップや組織全体への浸透も重要になる」と話す。国際標準化機構(ISO)は今年6月ごろ、事業継続に関する国際規格を発行する予定といい、今後、認証取得の有無が企業の力を判断するための指標になっていく可能性がある。

毎日新聞 2012年1月8日 東京朝刊より