福島第1原発事故は周辺地域の企業や住民の流出を招き、地元経済に深刻な打撃を与えている。市の約3分の1が警戒区域に指定されている福島県南相馬市を取材した。
警戒区域の境界付近。人通りの絶えた幹線道路沿いに枠組みだけの家屋や折れ曲がったガードレールなど津波の爪痕が生々しく残る。震災前の市の人口は約7万1000人だったが、2月23日時点の市内居住者は4万3484人に激減した。市中心部の大型商業施設「南相馬ジャスモール」は入居する27店のうち2店が閉店した。イオンスーパーセンター南相馬店の辻政之店長(59)は「人が減り、子ども服の売り上げが落ち込んだ」と嘆く。
原発から約16キロの地点で通信機器などの部品を生産してきたセイコーエプソン子会社「エプソントヨコム」の福島事業所(約320人)は、長野県の工場に生産を移管し、昨年10月に閉鎖した。工業用ゴムメーカー大手の藤倉ゴム工業は、原発から約11キロの地点で10年11月に開設した小高工場(約100人)での生産を福島県田村市の他社の空き工場にいったん移転。警戒区域の解除を待ったが、めどが立たず、今春に埼玉県の新工場に転出する。同社社員は「本格的に生産を始めたばかりだったのに」と悔しさを隠さない。
一方、移転が困難で市内に残った中小企業には厳しい現実がのしかかる。原発から約27キロの地点で機械部品を製造する「落合工機」は震災1カ月後に操業を再開したが、取引先の大半が警戒区域にあったため、取引先が震災前の20社から5社に激減した。斉藤秀美社長(52)は「復興関連の受注があり、経営は何とか維持できているが、新しい取引先を見つけないと将来的に厳しい」と打ち明ける。
警戒区域内に工場がある金属部品の加工会社「小浜製作所」は、市が建設した仮設工業団地に入り、昨年10月に仕事を再開した。だが、従業員8人のうち3人が県外に避難したままだ。川岸利夫社長(62)は「人口が減って、従業員を募っても集まらず、仕事を十分こなせない」と語る。
地元商工会などによると、警戒区域内には小さな店舗も含めて約350の事業所があったが、区域外で事業再開を確認できたのは110事業所。残りの大半は事業停止や廃業に追い込まれた可能性が高い。【浜中慎哉】
津波で大きな被害を受けた企業も復旧に向け苦闘を強いられた。
「一時はどうなるかと思ったが」。15日、11カ月ぶりに瓶ビール製造ラインが稼働し、全面復旧を果たしたキリンビール仙台工場(仙台市宮城野区)で横田乃里也工場長(51)は目を潤ませた。
津波で全製造ラインが停止。東京ドーム7個分の広大な敷地は、津波で流された出荷前のビール(350ミリリットル缶換算で約1700万本分)などでびっしりと埋め尽くされた。閉鎖の不安も抱えながら、従業員約200人の大半がポリ袋片手に一つ一つ手で回収する作業を始めた。ビールの入った缶や瓶の破裂を避けるため、重機は使わなかった。
震災1カ月後に松沢幸一社長が「醸造など主要設備の損傷は少ない」と再建を表明。気の遠くなるような作業をしていた工場でも「よし、という思いで力が入った」(男性従業員)といい、回収は6月末でほぼ終わり、復旧への環境が整った。
日本製紙石巻工場(宮城県石巻市)も津波で工場が浸水し、敷地には家屋18軒、自動車210台分のがれきが流れ込み、41人の遺体が発見された。
だが、芳賀義雄社長が「絶対復活させる」と宣言。「海上輸送に最適な立地でコスト競争力が最も高い工場」(災害復興対策本部長の藤崎夏夫常務)だからだ。全国から千数百人を動員し、家屋・車の持ち主や遺族を捜し出して、遺品を渡し、了解を得て片付けにあたった。今年9月の全面復旧を目指し、来月9日には主力生産ラインも再開する予定だ。
一方、事業の大幅縮小や撤退を余儀なくされた企業も目立つ。マルハニチロ食品の石巻工場は津波でほぼ全壊した。被害が比較的軽微だった施設で昨年8月に冷凍食品の生産を再開したが、生産規模は4分の1に縮小、従業員も半分以下の150人に減らした。
日本水産も女川工場(宮城県女川町、約140人)が大破し、昨年9月までに他県の工場に生産を全面移管した。「海抜ゼロメートル地帯で跡地の利用計画も定められない」といい、敷地は現在、がれきの仮置き場となっている。【坂井隆之】
◇廃業・事業停止、全容なお不明
震災に直撃された東北3県は、地価や人件費が相対的に安い▽東北新幹線や東北自動車道で首都圏と往来しやすい▽多数の港湾を持つ--ため、大企業や下請けの工場が集積していた。体力のある大企業は被災工場の復旧にこぎつけられても、中小企業は立ち直れないケースが目立つ。宮城県では震災後の事業停止・廃業が少なくとも1117社に上る。大企業も被害の大きかった沿岸部などでは工場の撤退を余儀なくされた。宮城県は少なくとも10件の県外撤退を把握している。
「震災後の混乱で連絡がつかない事業主も多い」などとして福島、岩手両県は正式な統計をとっておらず、宮城県も「全容はつかめていない」と認める。3県の担当者は「把握できていない廃業や県外撤退を含めると、地域経済には甚大な影響が出ている」と話す。【種市房子】
毎日新聞 2012年2月27日 朝刊より
毎日新聞東日本大震災1年