「政局より国の生存を」 12/01/08 毎日新聞社説:2012・激動の年 明治と戦後に学ぶこと

 昨年末に終わったNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」で、柄本明さん演じる乃木希典大将を印象深く記憶している人も多いだろう。その乃木が妻静子とともに明治天皇に殉死したのは1912年の9月。今年は、明治時代が幕を閉じてから1世紀の節目にあたる。まさに「明治は遠くなりにけり」である。
 今年はまた、サンフランシスコ講和条約の発効(52年4月28日)によって日本が独立を回復し、国際社会に復帰を果たしてから60年にもあたる。明治から大正にかけて一気に主要国へと駆け上がったあと敗戦でドン底にたたき落とされ、民主主義国として再生した戦後日本が「還暦」を迎えるのである。今は長い停滞期にあり変化の乏しい退屈な国と見られがちな日本だが、過去を振り返るならこの国ほど浮沈の大きな近現代史を経てきた国家もない。
 明治の終焉(しゅうえん)から100年、講和・独立回復から60年。二つの歴史の節目が示唆するものは多い。
 ◇夜郎自大ではだめだ
 特筆されるのは、国の存亡がかかった時代に私たちの先達が国際社会における日本の立ち位置を正しく見極め、国力を冷静に把握し、世界と互角に渡りあったことだ。
 「坂の上の雲」で描かれる日露戦争は、軍事力の勝利であると同時に外交力の勝利でもあった。明治政府は開戦とともに終戦工作の手はずを整えようとし、ルーズベルト米大統領のハーバード大学の同窓生で貴族院議員などを務めた金子堅太郎を米国に派遣する。戦費調達には日銀の高橋是清(のち首相)が欧米をまわった。日英同盟による英国との連携も大きな役割を果たした。
 ポーツマス講和条約交渉の日本側全権代表として、日露の軍事力・経済力の圧倒的な差を考え賠償金なしの講和をまとめた小村寿太郎。日清戦争のあとの三国干渉で「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」と苦渋の決断を下した外相・陸奥宗光。いずれも政治が判断を誤れば国が滅びたかもしれない局面で発揮されたリーダーシップである。明治の政治とは「内政イコール外交」だった。
 戦後も同様だ。吉田茂首相は冷戦体制に入った米国の再軍備要求に対して当時の日本の国力では耐えられないと考え、軽武装・経済成長路線を歩む決断を変えなかった。戦後の日本の繁栄と安定はこの吉田路線のたまものだと言っていい。
 吉田は首相になる時、戦争に負けて外交に勝った歴史はあると語っていたという。明治と戦後は日本が世界ともっとも深くかかわっていた時代であり、日本の政治がもっとも国際感覚豊かな時代だった。
 世界とともに生きていかなければ生存はないというまっとうな意識と鋭敏な国際感覚を日本の政治は今、失ってはいないだろうか。
 日露戦争以後、一等国だと勘違いした日本は夜郎自大になり破滅の戦争へと向かった。内閣のリーダーシップの欠如と政党間の足の引っ張り合いが軍部の台頭を許し、国家の羅針盤を狂わせたのである。
 現在の日本は「第3の開国」期と呼ばれる。明治時代の第1の開国、戦後の第2の開国に続く大きな岐路に立っているという認識があるからだ。だが今の時代に似ているのは明治や戦後より、むしろ戦前の方かもしれない。世界の中にわが身を置いて客観視することができず、どんどん内向きになっていった時代の閉塞(へいそく)感に近いものが、日本の政治にはびこっているように思える。
 中東からアジア太平洋へ関与をシフトする米国と、そのアジア太平洋でかつてなく軍事的経済的影響力を強める中国。21世紀の世界の秩序は歴史的な転換期にある。私たちはその最前線に立っている。にもかかわらず永田町にあふれるのは政治家の自己保身、相手への誹謗(ひぼう)中傷ばかりだ。国家の生存戦略を描く精緻で真剣な議論は見あたらない。
 ◇政局より国の生存を 東日本大震災で世界から寄せられた支援を知り、首都圏のある中学生がこんな質問を口にした。
 「あと10年たってまた日本がこんな震災にあっても、世界は日本を支援してくれるでしょうか」

 世界が示した復興への期待にもかかわらず、日本の政治は首相降ろしの権力抗争に終始した。この中学生でなくても、国のサバイバルより政局が優先する政治でこれから先は大丈夫なのかと心配になる。
 「第3の開国」において国の生存のカギを握るのは軍事力や経済力だけではない。総合的な国力、外交力だ。世界に多くの友人を持ち、国際社会から「日本は大事な国だ」と思われることが、回り回って国家の安全保障にもなるのである。
 議論すべきこと、すぐにも始めたいことはたくさんある。たとえば、国家予算の1%を政府開発援助(ODA)に回す発想はないだろうか。1%なら9000億円余。日本が世界一の援助大国だった90年代には及ばないが、来年度予算(5612億円)よりはかなり多い。世界に重きをなすため何ができるか、そんな発想で政治が動いてほしい。
 内にこもらないで、目を外へと向けたい。世界とつながる中にしか日本の明日はないのだから。

毎日新聞社説より

それから9ヶ月、何かが変っただろうか…